一部教員官僚と野合学費値上げのみで学生の一人負けか
先回”市大の事務官僚は態度デカい”ということを書いたのだが、もちろんそんな人ばっかりじゃないですよ。それに一応態度がデカいとされている人たちのことも弁護しておくと、別に彼らは威張ってやろうと思って態度がデカいのではなく、ただデフォルト設定でそうなっているだけなんだとか。民間企業と違って、相手の機嫌を取り結んだりいろいろ気を遣いながら交渉したりする必要がないので、長い年月の間に設定が壊れるんだろうな。態度がデカい割りには実は小心なタイプという人が官僚には多かったりするのもなんか納得ですね。
そういう”態度がデカい人”たちの思惑通りに八景キャンパスの”改革”が進められたのが昨年度であった。某”理事殿”による”事務機構改革”以前の八景には、各学部事務の他に、総務部、学生部、情報センター、図書館があり、このうち総務部以外の各部門の長(学部長、図書館長等含む)は教員が務めることになっていた。つまり、純然たる事務官僚出身の部長は、総務部長だけだったのである。ところが、今や大幅な”事務機構改革”の名の下、学部事務室等はなくなり、かわりに事務局長-総務部長の”関内出身事務官僚ライン”に統括される部門が増設され、結果として総務部の所属官僚とその発言力がかつてないほど拡大している。もともと改革の為に存在していた教員主体の学長諮問機関である「将来構想委員会」を有名無実化し、事務官僚を大幅に増員させた”戦略会議”、ついで”R幹事会”へと、学則との絡みも曖昧なままに実権を奪い取ったのである。
まさに官僚によるクーデターである。学部事務室を無くしただけでも、人件費削減という意味では大した改革だったと思うのだが、それに変わる”改革専門部門”とその専属職員(特に課長クラス)を大増員してしまったために、相殺どころか事務肥大化という当初の宣伝とは反対の結果を招いた。特に課長クラスの大幅増員が人件費的に痛い。さらに市大”改革R案”の中で、理事(事務局官僚)を学長の上に置くという構図がはっきりと示されたことによって、”改革”というのが掛け声だけのデタラメで、その真意は官僚の生き残り策、利権獲得運動であるということがはっきりした。
もともと、いま全国的に言われている”改革”のほとんどは、いわゆる”官僚による上からの改革”であり、そういうのがうまくいった例は歴史的にも稀なのですよ。うけけけ。
そういう”態度がデカい人”たちの思惑通りに八景キャンパスの”改革”が進められたのが昨年度であった。某”理事殿”による”事務機構改革”以前の八景には、各学部事務の他に、総務部、学生部、情報センター、図書館があり、このうち総務部以外の各部門の長(学部長、図書館長等含む)は教員が務めることになっていた。つまり、純然たる事務官僚出身の部長は、総務部長だけだったのである。ところが、今や大幅な”事務機構改革”の名の下、学部事務室等はなくなり、かわりに事務局長-総務部長の”関内出身事務官僚ライン”に統括される部門が増設され、結果として総務部の所属官僚とその発言力がかつてないほど拡大している。もともと改革の為に存在していた教員主体の学長諮問機関である「将来構想委員会」を有名無実化し、事務官僚を大幅に増員させた”戦略会議”、ついで”R幹事会”へと、学則との絡みも曖昧なままに実権を奪い取ったのである。
まさに官僚によるクーデターである。学部事務室を無くしただけでも、人件費削減という意味では大した改革だったと思うのだが、それに変わる”改革専門部門”とその専属職員(特に課長クラス)を大増員してしまったために、相殺どころか事務肥大化という当初の宣伝とは反対の結果を招いた。特に課長クラスの大幅増員が人件費的に痛い。さらに市大”改革R案”の中で、理事(事務局官僚)を学長の上に置くという構図がはっきりと示されたことによって、”改革”というのが掛け声だけのデタラメで、その真意は官僚の生き残り策、利権獲得運動であるということがはっきりした。
もともと、いま全国的に言われている”改革”のほとんどは、いわゆる”官僚による上からの改革”であり、そういうのがうまくいった例は歴史的にも稀なのですよ。うけけけ。