スポイチ編集長日誌

移転しました。現在はGTAオンラインの攻略が中心です

みんなでプリテンダー\(^o^)/

「自分の本音や真の狙いを押し隠しながら、”それ”を見たり読んだりする者が、表向きのタイトルや主張とはまったく逆の、ある一定の感想を抱くように誘導する…。」
なーんかそんな感じの記事とか人とか最近増えてきている気がするなあ。

大阪府職員の甘えた考え。手取り34.5万円は薄給

橋下知事へ「府職員も大阪府民やで!人件費カットで誰が笑えるねん!ほんまに大阪がよくなること考えて行動してや!」(上の元記事)

手を貸さない男たち
(と、それへの反応)
痛いニュース(ノ∀`)「女が転んでも男は手を貸さない。『男女平等』の都会ではそれが常識?…手を貸さない男たち」…産経新聞


サマータイム 一度、導入してみては(読売新聞) - goo ニュース


「権力者」が何かおかしなことを「ヤリてえ」と言って実現しようと蠢動し始めたときに、その「ヤリてえ」ことの問題点を指摘して反対したり、あるいはもし強行すれば取り返しのつかないことが起こるということを的確に述べて再考を促したりなど、正面から論理的に理由を挙げて反対の姿勢を明らかにするというのが、これまでの”真面目な”人々の普通のやり方であった。


だが…、もうそんなやり方では限界が見えている。


なぜなら、この国の権力者たちは、「ヤリてえ!」と言って自分らでブチあげたくだらねえ思いつきが、そういう”真面目な”人々の反対表明や問題点の指摘によって二進も三進もいかなくなってくると、「じゃあー撤回しましょう!撤回すればいいんだろ!」と不機嫌に叫んで、一度はしぶしぶ引っ込めるのだが、しばらく時間が経過して、反対を表明して立ち上がった人々が元の生活へと戻り、すっかり忘れられかけた頃になると、ゾンビ権力老人連中は、先回のことなどすっかり忘れたかのように、

やっぱしヤリてえ、サマータイムヤリてえ!外国はみんなヤッてるし、省エネにもなるのォ!アッー!

みたいな感じで、何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも、
衣とガワとよそおいを変えただけの中身変更なしのそのままで、ときにはバレても上等!なウソも混ぜて、執拗に再提案してくるからだ。

当たり前だ。
だって、老人はヒマでヒマでヒマでしょうがないのだから。

彼らは、「ただそれだけ(「ヤリてえ」と叫ぶこと)をしているだけで給料をもらえて生活できてしまう」人種なのだ。

一方、市井の人々は、日々の自分の仕事や生活がある。それらを放り出してまで、本来ならやらなくてもよかったはずの「反対運動」になどいちいち参加していたら、仕事を失う恐れが高いし、第一身がもたない。

このように、「それだけ」をやっていれば仕事をしたことになり、給料ももらえる権力老人や官僚のような人種と、自分の生活と仕事を持っている市井の人々とでは、投入できる時間もかけられるリスクもまったく比較にならないのだ。
(ついでに言うと、老人は朝早起きなので、サマータイムをしてもまったく困らない。)

どうだい、
こんなふうにして、みんなの貴重な時間を、時間泥棒老人に奪われるのはバカバカしいだろう。


そこで、だ。
特に、上で出てる「サマータイム」なんか、一度徹底的に老人共を放置して、あるいはおだて上げてそそのかしてどんどんやらせてみたらどうか。
(上のヨミウリの記事は「バカのフリして実はそれを狙うプリテンダー」だと好意的に解釈したい。)

で、そのとき注意するのは「あくまでも老人共がワガママ独断でゴリ押しして強行的に導入しちゃった」という形を作ること。

どうせサマータイムなんぞを導入すれば、すぐにサマータイムのせいで体内時計が物故割れた居眠り運転手のトラックが集団登校の小学生の列に突入したり、あるいはサマータイムのせいで体内時計が物故割れた居眠り運転手の電車がカーブでコケたり、あるいはまた旅客機が(略)とか、果ては原発が(略)とか、いろいろ起きて大騒ぎになって、そうすりゃサマータイムなんぞ、すぐに廃止になります。

その際には「サマータイム推進派」だった政治家や財界の老人共の責任を追及して発言力を失わせるのもお忘れ無く。情にほだされて追及の手を緩めると、この国では奴らはゾンビみたいにすぐに何度でも何度でも復活してくるからなあ。


あ、そういえば、後期高齢者医療制度の「廃止法案」というのが、さっそく参院の委員会で通ったみたいですねえ。

後期高齢者医療制度の廃止法案、参院委で可決…与党は退席

ククク…この国では老人どもが騒ぐと対応早いんだね。なるほど…。

さすがにこんなだと、「子供や孫の負担はどうでも良いのか?」という意見も出ています。当然ですね。

でも、老人たちが子供・孫の代の負担には無関心なのは事実でしょう。
だって、彼らはそのときにはおそらくもう生きてないから。
そもそも、10年先どころか5年先のことでさえ「リアルでない」老人たちに、「未来の運用」を委託すること自体が間違っている。

なんで自分たちの未来につながるお金を、もっとも無能でアホで無責任だということがとっくに明らかになっている役所の役人たちに、その運用を”全面委任”しなければならないのか。
もっと言うなら、未来、すなわち「子供たち」を、明らかな不適格者やサヨやロリコン、暴力野郎、またはいじめっこという名のクササーたちで溢れている「学校」などという収容施設に委託して安心しきっている親たちも理解出来ない。

では、どうするか?
どうしようもないのか?

そんなことはない。

つけこむべきは、確かに奴らは子供や孫の代にどうなろうと無関心だが、それと同じく自分たちよりもほんの少し年下の連中の代の負担増に対しても無関心である、ということ。

老人から権限を取り上げる策が見えてきたんじゃないか?