「銃の無い国・日本」という大嘘
いやいやほんと、”あの国”に制裁とか強制捜査とかいう段階に入ると、いつも大きな事件が起こるんだな…。
「バージニア工科大で乱射、32人死亡 米最悪の銃撃事件」
http://news.goo.ne.jp/article/asahi/world/K2007041603290.html?fr=rk
これでしばらくは対北もお留守かもしれません。
しかも「犯人は韓国系」って出た途端、テロ朝露骨に慌てすぎ。
海外の事件でも例によって名前伏せられるのかなあ。
で、海外、特にアメリカで銃乱射事件とか起こるたびに、
日本のマスコミって、
「銃社会の恐怖!」
とか騒ぎまくって、そんでもって、
「日本は銃の無い安全な社会。幸せだなあ~」
とか呑気に言ってるけど、
ウソつくなハゲ。
そりゃ確かに、
年がら年中人が撃ち殺されているアメリカよりかは死人の数はずっと少ないだろうが、
日本だって銃で殺されてる人は昭和以降も少なくないんだな。
戦前からすぐに思いつくだけでも、浜口雄幸、団琢磨、井上準之助…と、射殺された有名人は結構いる。
5・15事件に2・26事件も犠牲者は射殺だ。
戦後も暴力団の抗争の巻き添えで多くの一般人が命を落としている。
しかし、当時のマスコミは「銃の恐怖」などという言葉は出さなかったし、
当時の新聞記事なんぞを見ても、お涙頂戴ネタを書くことには夢中だったようだが、
「銃による犯罪に対する恐怖」という視点はすっぽりと抜け落ちている。
昔の長崎市長の事件のときも、誰も「日本の銃社会化」など指摘しなかった。
言うまでも無く、日本では一般人が銃、特に拳銃を持つことを厳しく禁じており、海外ではオモチャ扱いの空気銃(エアライフル)でさえ免許制だ。
だが、警察官はまるで治安の悪い発展途上国のように全員が銃を携帯しており、自衛官の装備している銃だってかなりの量だ。
イナカに行けばじっちゃんが普通に猟銃を持っているし、割と最近まで三浦半島の端っこの方へ行けば、ガサヤブの奥の方から、ドッカンドッカン銃声が聞こえてきたもんだ。
このように、「銃が無い社会」などというのはどう考えても事実ではない。
そして、
既に指摘されていることだが、日本においては、
”ある種の人々”は銃を持つことを事実上黙認されている状態であり、
”彼ら”の持っている”非合法だが、決して無くならない銃”は、
この国の既得権益を持つ者たちにとって「危険」であると判断された人物に対して、背後から向けられるのだ。
一方で、90年代半ば頃、”市民の間に銃が広がっている”という、いわゆる”反銃社会キャンペーン”がマスコミにより盛んに行なわれた。
あの頃は確かに、「ファミレス強盗が人質射殺」「スーパーで従業員射殺」「リアルキチーが青物横丁駅で医師射殺」「警察庁長官狙撃」…と、銃による事件が相次いでいた。
しかし、マスコミが「市民の間に銃が拡散にし、市民が銃犯罪を起こしている」などと報道していたその実態は、これらの事件を起こした容疑者らの多くは、いわゆるヤクザと日常的につきあいのあった”周辺者”であり、市民とか一般人とは程遠い連中だった。
だが、こいつらが相手構わず発砲事件を起こしたことにより、それまで”ある種の人々”が持っていた、”狙った相手(既得権益の敵)以外に対しては基本的に使わない”、という暗黙の了解が崩れてしまい、このままではコントロールが出来なくなると慌てたのだろう。
それが、94年以降の官主導による”反銃社会キャンペーン”の真相だったというわけだ。
そして結局、”反銃社会キャンペーン”は”ある種の人々”の持つ銃の存在を指摘することも無く、彼らの銃はそのまま温存された。
そして今回、
またまた「銃社会」アメリカで乱射事件が起きたものだから、またぞろ日本マスコミのバカデスクどもは
「銃社会アメリカの恐怖」だの「銃の無い社会の日本は安全~」だののネームを作っていたところだろうが、
タイミングの悪いことに、長崎市長がジャパンマフィアらしき男に銃撃された。
「伊藤長崎市長、銃撃され重体 容疑者、殺すつもりだった」
http://news.goo.ne.jp/article/asahi/nation/K2007041703420.html
先ほども書いたが、「長崎市長」は20年ほど前にも撃たれている。そして、そのときマスコミは「銃の恐怖」など指摘もしなかった。
さて、今回は一体どうするんでしょうかね。
確実に存在する、”ある種の人々”の持つ銃への言及は無しで、いつもの通り、「言論へのテロはどーたらこーたら」とお題目を並べて終了、ですかね。
ま、誰も次に自分が狙われたくは無いでしょうからね。
はっきり言いますが、
「日本は銃の無い社会」などではありません。
特殊な職務の公務員と、ヤクザと右翼は事実上自由に銃を持てる国です。
銃があるところには溢れているのに、知らないフリ、気づかぬフリ、無知なフリをしている。
そればかりでなく、「銃の無い社会」だのとことあるたびに赤面モノの物言いを繰り返す。
まさに、カマトト国家ですな。
「バージニア工科大で乱射、32人死亡 米最悪の銃撃事件」
http://news.goo.ne.jp/article/asahi/world/K2007041603290.html?fr=rk
これでしばらくは対北もお留守かもしれません。
しかも「犯人は韓国系」って出た途端、テロ朝露骨に慌てすぎ。
海外の事件でも例によって名前伏せられるのかなあ。
で、海外、特にアメリカで銃乱射事件とか起こるたびに、
日本のマスコミって、
「銃社会の恐怖!」
とか騒ぎまくって、そんでもって、
「日本は銃の無い安全な社会。幸せだなあ~」
とか呑気に言ってるけど、
ウソつくなハゲ。
そりゃ確かに、
年がら年中人が撃ち殺されているアメリカよりかは死人の数はずっと少ないだろうが、
日本だって銃で殺されてる人は昭和以降も少なくないんだな。
戦前からすぐに思いつくだけでも、浜口雄幸、団琢磨、井上準之助…と、射殺された有名人は結構いる。
5・15事件に2・26事件も犠牲者は射殺だ。
戦後も暴力団の抗争の巻き添えで多くの一般人が命を落としている。
しかし、当時のマスコミは「銃の恐怖」などという言葉は出さなかったし、
当時の新聞記事なんぞを見ても、お涙頂戴ネタを書くことには夢中だったようだが、
「銃による犯罪に対する恐怖」という視点はすっぽりと抜け落ちている。
昔の長崎市長の事件のときも、誰も「日本の銃社会化」など指摘しなかった。
言うまでも無く、日本では一般人が銃、特に拳銃を持つことを厳しく禁じており、海外ではオモチャ扱いの空気銃(エアライフル)でさえ免許制だ。
だが、警察官はまるで治安の悪い発展途上国のように全員が銃を携帯しており、自衛官の装備している銃だってかなりの量だ。
イナカに行けばじっちゃんが普通に猟銃を持っているし、割と最近まで三浦半島の端っこの方へ行けば、ガサヤブの奥の方から、ドッカンドッカン銃声が聞こえてきたもんだ。
このように、「銃が無い社会」などというのはどう考えても事実ではない。
そして、
既に指摘されていることだが、日本においては、
”ある種の人々”は銃を持つことを事実上黙認されている状態であり、
”彼ら”の持っている”非合法だが、決して無くならない銃”は、
この国の既得権益を持つ者たちにとって「危険」であると判断された人物に対して、背後から向けられるのだ。
一方で、90年代半ば頃、”市民の間に銃が広がっている”という、いわゆる”反銃社会キャンペーン”がマスコミにより盛んに行なわれた。
あの頃は確かに、「ファミレス強盗が人質射殺」「スーパーで従業員射殺」「リアルキチーが青物横丁駅で医師射殺」「警察庁長官狙撃」…と、銃による事件が相次いでいた。
しかし、マスコミが「市民の間に銃が拡散にし、市民が銃犯罪を起こしている」などと報道していたその実態は、これらの事件を起こした容疑者らの多くは、いわゆるヤクザと日常的につきあいのあった”周辺者”であり、市民とか一般人とは程遠い連中だった。
だが、こいつらが相手構わず発砲事件を起こしたことにより、それまで”ある種の人々”が持っていた、”狙った相手(既得権益の敵)以外に対しては基本的に使わない”、という暗黙の了解が崩れてしまい、このままではコントロールが出来なくなると慌てたのだろう。
それが、94年以降の官主導による”反銃社会キャンペーン”の真相だったというわけだ。
そして結局、”反銃社会キャンペーン”は”ある種の人々”の持つ銃の存在を指摘することも無く、彼らの銃はそのまま温存された。
そして今回、
またまた「銃社会」アメリカで乱射事件が起きたものだから、またぞろ日本マスコミのバカデスクどもは
「銃社会アメリカの恐怖」だの「銃の無い社会の日本は安全~」だののネームを作っていたところだろうが、
タイミングの悪いことに、長崎市長がジャパンマフィアらしき男に銃撃された。
「伊藤長崎市長、銃撃され重体 容疑者、殺すつもりだった」
http://news.goo.ne.jp/article/asahi/nation/K2007041703420.html
先ほども書いたが、「長崎市長」は20年ほど前にも撃たれている。そして、そのときマスコミは「銃の恐怖」など指摘もしなかった。
さて、今回は一体どうするんでしょうかね。
確実に存在する、”ある種の人々”の持つ銃への言及は無しで、いつもの通り、「言論へのテロはどーたらこーたら」とお題目を並べて終了、ですかね。
ま、誰も次に自分が狙われたくは無いでしょうからね。
はっきり言いますが、
「日本は銃の無い社会」などではありません。
特殊な職務の公務員と、ヤクザと右翼は事実上自由に銃を持てる国です。
銃があるところには溢れているのに、知らないフリ、気づかぬフリ、無知なフリをしている。
そればかりでなく、「銃の無い社会」だのとことあるたびに赤面モノの物言いを繰り返す。
まさに、カマトト国家ですな。