スポイチ編集長日誌

移転しました。現在はGTAオンラインの攻略が中心です

「チョイ上目線」からの下流ネタには理由がある

「チョイ上目線で”下”の人間をバカにする」
というビジネスが始まっているんではないか?という話の続きをしようかと思ったのだが、
ちょうど今一部で話題になっているあの人がこんなことを書いている。

【赤木智弘の眼光紙背】第14回:今年も流れは変わらないのか
http://news.livedoor.com/article/detail/3449968/


この中で、まず、

「賃金」

なんて言葉を使っている時点で負けかな臭がプンプンする。

この世では、もらえるお金は賃金の他に、役員報酬とか利息とか配当とか助成金とか交付金とか援助金とか生活保護とかバックマージンとかアガリとか印税とかショバ代とかみかじめ料とかたまたま居合わせた客とか行員の命を担保にして現金で(略)とかその他にもいろいろあるんですが…。
まあ、わざと分かりやすくするために、「人や組織が儲けたお金すべて」をあえて賃金と呼んでいるのでしょうけれど。

それに、赤木氏はいわば撒き餌・キャッチコピーとして「戦争」という言葉を使ったのかとは思いますが、
そろそろネタでなく本当にガチで出て来ると思われる、
「戦争が起きればガラガラポンで今恵まれていない人々が何とかなる」
的な考え方に対しては、

治世のフリーター、乱世の雑兵

とか、

治世のニート、乱世の虐殺されるそこらへんの名無し住民

という一言で否定できます。うは。

だって、今のシステムにすらうまく適応出来ずにダラダラしてるかネットで愚痴ってるだけの人が、乱世に乗じて一財産こしらえたり、実力で地位と権力を…って多分、無理。

よく、劉邦諸葛孔明明智光秀は三十路近くまでプラプラしていたと言われますが、彼らは決して牢人中にダラダラネットしたりゲームしたり部屋でゴロゴロしていたのではありません。


で、上記の赤木氏の文章に関して、404 Blog Not Found氏が、
人間の価値を賃金の多少で差別したがるのは誰か?
というエントリーの中で、

「人間の価値を賃金の多少で差別したがるものはかつてからいたし、これからもいるだろう。そして差別したがるものを最もよく見受けるのは、悲しいかな、それは今で言う「年収100万円」の層なのである。言葉を変えれば「ブービー」ということになる。「最後」から二番目。」

なのだと書いている。

「最後」から二番目こそが、最も激しく「最後」を差別する。

これは重要な示唆ではなかろうか。

そういえば、下流ネタが大好きな「SPA!」を熱心に読んでいるのは下流のサラリーマンが多いという統計が三浦展氏の本に確かあったような…。
それに、昔から軍隊とかでも二等兵をイビるのは一等兵の役目だったし、旧軍では初年兵をいじめるのは二年兵とか古年兵の役目ですし、体育会で新入生をシゴくのは二回生の役目ではなかったでしょうか。
つまり、将校自らが二等兵をぶん殴ったりはあんまりしないでしょうし、四年生やOBが新入生を手ずからシゴいたりは、これもやっぱりあんまりしないんじゃないでしょうか。旧軍のある将官は兵卒にも気さくに声をかけていたので、かえって兵は反応に困ったという話もありますしね。

言い換えると、昔からの”上流”層とか、昔からのお金持ちの人、つまりホリエモンの言を借りると、「この国のエスタブリッシュメントたち」は、はたして下流ピープルやネカフェ難民やホムレスをネタにして嘲ったりしているでしょうか?
嘲るのかもしれませんが、むしろほとんど話題にさえもしないのではなかろうか。
だって、彼らにとって、そんな何段階も階層が「下」の人間たちなんぞ、普段意識もしてない、「見えない人間」だろうから。

彼らが嘲りの対象にするとしたら、むしろ前世紀末のITバブルだとか、規制緩和の流れに乗って出てきたニューリッチ(笑)みたいなIT・派遣成金たちか、無理して分不相応な高級店等で散財する「なんちゃってセレブ」たちが対象になるだろう。
だからこそ、ホリエモンは、彼らから「俺の知らない奴」として排除されたとも見ることが出来る。

あるいはまた、かつての”中流”家庭がホームレスや生活保護家庭を嘲った話題で盛り上がっていただろうか?
昔から貧乏なビンボーノ一家の家の子とか、「お金無いから給食費払えません、遠足行けません、修学旅行?ムリムリ」なんて家は存在した。
それでも彼らの家が貧乏なのを笑うなんてことは無かったと思う。この前の薄~いカルピスネタで思い出したぐらいだし。
下流とか貧困層とか「疲弊する地方」なんて言うとなんか暗そうだけど、ビンボーノ一家とかボンビーノファミリーなんていうとマフィアとかゴッドファーザーみたいでかっこいくね?

このように、嘲りやイビリというものは、だいたいの場合において、直下の階層に対して行なわれるのが通常である。
だって、あまりに階層が離れてしまうと、自分とは関係の無い、「見えない人間」になってしまうからだ。
逆に、いつ自分と立場が入れ替わるかも知れない、あるいはつい最近までそこにいた、またはいつそこに転落するか分からない、という階層間の接近による危機感が、近い階層間によるイビリや嘲りやいじめ・差別を呼ぶのではないだろうか。
これは防衛行動の一環とも見ることが出来る。
つまり、階層的な保身と、精神的な安定とプライドを保つための防衛である。

となると、最下層一歩手前(赤木氏の言葉を借りるならブービー)の人々が、近年確実にその規模を拡大させていることによって、さらにその下の最下層に置かれた人々を嘲りの対象にするという現象が拡大しつつあるのではないか。それが、現在の一連の「興味本位で下流覗き見ネタ」流行の正体と見ることが出来る。
そして、下層からさらに最下層へ対する嘲りは、途端に陰湿で残酷な響きを持ち始める。
それがすなわち、社会的には「差別」と呼ばれるものとなるのである。


つまり、下流おちょくりネタが流行るということは、それだけ下流一歩手前の人たちが増えているってことじゃないのか?


何?「お前も結構下流下流言って上から目線で遊んでただろーが!」ですと?
いいえ、自虐ネタです。(キッパリ)

ボクが豪華なランチ食うのはエンゲル係数だけでもブルジョアしたいからでぇ、
おかげで正月休みにまたもデブ化完了です…。
デブなブルジョア、略してデブジョア参上です。ウェー、モイキー。


最後に、404 Blog Not Found氏は、「最下層の人が上流層に入れるプロセス」は、「困難ではあるが、少なくとも駱駝が針の穴を通り抜けるほど困難とは思えない。」と書いています。
が、
今後「持てるもの」たちは、「行き過ぎた規制緩和による悪弊」をこととして、マスコミ世論の支持を得ながらそのプロセスを塞ぎにかかるでしょう…。
だって、「ガラガラポン」を一番恐れているのは、今現在持てる側である彼らなのだから。